親不孝って、そんな簡単に言える?

 

SNSで見かけた話。

奥さんのお父さんが亡くなった。

でも、お通夜が推しのラストライブと重なっていて、奥さんがライブに行くかお通夜に行くかの話。

 

コメント欄は荒れていた。

「親不孝だ」

「勘当されろ」

「非常識」

「これだから〇〇ファンは……」

などなど。

 

ライブかお通夜か?

いや、そこじゃない気がする。

 

僕が引っかかったのは「親不孝」という言葉だった。

 

親不孝。

便利な言葉だ。

だって、たった3文字で他人の人生を評価した気になれる。

でも、そんなことできる?

 

その人がどんな家庭で育ったのか知らない。

どんな親子関係だったのかも知らない。

それなのに、

「親不孝」

で終わらせてしまう。

すごい。

 

RPGで言うところのラスボスに向かって「悪い奴!」って言ってるくらい情報量が少ない。

いや、ラスボスにも事情はある。

親子関係だってそうだ。

愛情たっぷりで育ててもらった人もいる。

暴力や嫌味ばかり言われて育った人もいる。

家族という言葉だけでは説明できない関係もある。

 

「親の葬儀に出ない=親不孝」という考え方には、

“ 親は子どもを愛して育てた ”

“ 子どもは親を大切に思っている ”

そんな前提がある気がする。

でも、現実はそんなに単純なんだろうか。

 

もちろん、一般論的には冠婚葬祭を優先するべきという考え方はあると思う。

それでも迷うということは、その人なりの事情や複雑な感情があるのかもしれない。

 

実際には人生って、もっといろんなことが複雑に絡み合っている。

だから、投稿だけを見てその人をどうこう他人には言えないと思う。

どんな人生を歩み、どんな事情を抱えてきたのかは本人にしか分からないから。